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「黄蜀葵(おうしょっき)」 昭和7年(1932) |
麦僊が好んだ草花はこの黄蜀葵をはじめ、芥子、芍薬、朝顔、蓮、菊など清らかで香気を含んだものが多くあります。 この作品も清々しく、麦僊らしい品格の高さが漂っています。 |
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土田麦僊:明治20年(1887)〜昭和11年(1936) 新潟県佐渡に生まれる。16歳の時、僧侶になるため京都に出るが絵の世界に入り、翌年、竹内栖鳳に入門する。明治42年、京都市立絵画専門学校別科に入学し、古画や西欧近代の絵画思想を学ぶとともに、文展には後期印象派の世界を取り入れた作品を出品。しかし文展の審査に不満を抱き、大正7年、榊原紫峰らと国画創作協会を結成。10年には欧州に旅行し、洗練された色彩と緻密な構図で知的美を追求した作品を発表したが、次第に内面的な新古典主義的作風に向かった。 |
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